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2003-12-30 diary: 2003年を振り返りました

いがぴょん画像(小) 日記形式でつづる いがぴょんコラム ウェブページです。

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2003年を振り返りました

Java言語が普及したり、Web日記が流行したりと イベント盛りだくさんな一年でした。

2003年を振り返りました

忘れないうちに 2003年を振り返っておきます。いろんな意味で 濃密な一年でした。(というこの文章そのものは 2004/01/01に書いているのであった…)

Java言語が、日本の情報処理技術の重要なプログラミング言語として普及期に入った年でした

今年は Java言語は熟成の一年だったと思います。もはや Java言語は ごく一般的で且つ最初に採用を検討すべきプログラミング言語の一つにまで成熟しました。私がJava言語を仕事で扱い始めた頃 (1998/10頃)は 全然 そんなのではなくって 初ものマニアが扱う 海の物とも山の物ともわからない、リスク満載の不思議なプログラミング言語だったのですが…。(とりあえず当時は日本語処理でつまづくことが多かったように記憶しています)

Java言語を普及させたかった私としては 大変喜ばしい事でした。しかし反面 Java言語技術者の希少価値がどんどん低下し、それと連動してか Java屋に付けられる値段が下がったようにも思えています。(少なくとも 単なるシステムエンジニアやプログラマーとしては活動できなくなりました)そのあおりを食ってか、私は 今年は C#に従事することが多かったように記憶しています (苦笑) この点は 私および所属チームの売りを売り込むやり方に工夫が必要だと痛感しました。

Java言語は普及したのですが、この年にリリースされた 最新版 Java2 SDK Standard Editionは それまでのJ2SE SDK とは異なり 品質が低下していったようにも思っています。普及期に入り焦りが出たのでしょうか、言語仕様やAPIなどに新機能を盛り込もうとした試みが裏目に出ているように私は感じています。(私は 1.4.2_01 Windows版が 特に不満でした)

Java言語は COBOL言語やC言語と同様の 安定して利用できる信頼に足るプログラミング言語に成長したのですね。感無量です。ただしそれ故に 私は仕事の仕方を変えないと行けないというジレンマもあるのでした (苦笑)

日本情報技術分野ビジネスシーンでの 『オープンソース』利用の浸透

オープンソースが 日本の企業情報技術において広く流行りました。その前の年まではやれライセンスがどうのこうのだとか オープンソースのソフトウェアの信頼性が低いのだとかどうとかでオープンソースというものの採用に対して 日本企業は冷ややかだったように感じています。それがどっこい、2003年は一気にオープンソースが採用される機運が高まったように感じています。まあ 2003年は 日本国内の世間一般的には不景気まっしぐらだったので、ライセンス料がとりあえず無料 (であることが多い) オープンソースに経営者の目が移ったのも必然かも知れません。特に Apache Jakarta関連プロダクトは それ無しではWebサイト構築がままならないという技術的な背景もあって猛烈に流行りました。Jakarta Strutsなんて 私たちが仕事で従事し始めた頃は『何それ』的な扱いだったのですけれども、今では 利用しない方が異常に思えるご時世ですものね (大体の他のプロダクトを利用するのは当然アリです)。私としては もっと 価格以外の面でのオープンソースのメリットに世の注目が集まって欲しい気持ちで一杯なのですけれどもね。

Web日記 (WebLog)が流行

2003年は 私のように『Web日記を書く』という人たちが急増しました。とりあえず Web日記に BLOGやWebLogなどのような固有名詞まで付けられるという騒ぎです。日本の大手インターネットプロバイダーの一つであるNIFTYのような企業までもが個人向けWeb日記サービスを提供始めるなど もはやWeb日記は だれもが気軽に開始したいインターネット情報発信の一つのスタイルへと成長しつつあります。その昔 私は日記を書いていて『個人の日記を見るなんていう物好きが、この世には存在するの?』と問われたものですが、それが今や Web日記を書くことや Web日記を読むことが 常態化しつつあるこの世の中、とにかく世の中の進化(というか変化)にびっくりです。

ちなみに 私の日記は 手作りされた Javaアプリケーションで実現されています。手作りゆえの小回りにて他のWeb日記とは差別化を図っていきたいとも思っています。でも一方で いつかちゃんと整理して 『いがぴょんの日記フレームワークキット』のようなものをリリースしたいとも思う今日この頃。ちなみに現時点で まとめて一式持っているのは アルファシステムズの菅村さん ただ一人です。

RSS (RDF Site Summary) が流行

まず 私とRSSとの出会いを振り返ります。私が結城浩さんに触発されてRSSに手を染めたのが2001/02/19 頃からです。今振り返っても RSSを私に紹介して下さった結城浩さんには 大変感謝しています。とってもタイムリーだったのですもの。というのも本来のRSSの活用方法からはそれるのですが、当時の私の日記システムが抱えていた問題点を RSSが一気に解決することになったからです。当時も以前から 日記のインディックスページのタグイは機械的にJavaのアプリケーションで実現されていたのですが、RSSの導入によって 2001年から私の日記システムは 徐々にRSSベースに改良されていき、そして いがぴょんの日記v2になる際に全面的に改善されて現在に至ります。今や いがぴょんの日記のシステムは RSS無しでは考えられません。

そんなこともあって 私は RSSを使い込むことになりました。そうすると 世間でRSSが出回った方が便利であるということに気がつきました。それをきっかけに 私は RSSを世間的に流行らせる事を目標とすることになりました。2002年の抱負が丁度 RSSを流行らせることだったように覚えています。(たまに記憶が怪しいですが…) 2002年の間に RSSは流行りませんでしたが 2003年で ようやく RSSが流行したように思えています。印象に残る RSS提供開始サイトは下記のようになります。

コンピュータ情報をRSS提供されて嬉しい私としては 特に CNET Japan と @ITのRSS配信開始はビッグニュースです。とっても嬉しかったです。そして今も活用しています。弊害は、、、RSSに頼りっきりで @ITやCNET Japanのトップページは ほとんど見たことが無いという点です。これは提供者側の意図とは異なっているようにも思います。 ここで @IT社 や CNET Japan社 に提案なのですが、RSSに ある程度の頻度で広告を混ぜておく というのはどうでしょう。刺激的なキャッチでタイトルなどを設定しておいたら クリックされること間違いなし。発想の転換な提案だと 私は思うのですが、どうででしょうか? (笑)

テクノロジーピックアップ

切り口は変わりまして、私は今年 下記の2テクノロジーにびっくりしました。ごく一般的なローテクなのですが、しかしこれが普段のコンピュータ情報処理において出くわすと 意外にもびっくり仰天なのでした。

私の仕事の変遷

いろいろな背景があり 私の仕事という意味でも激動の一年でした。

なんだかものすごい一年だったなぁ。しかも 仕事はほとんどC# + Webサービスという組み合わせなのですもの。ほとんどJavaをやっていない年でした。

私の個人的なイベント

振り返って

なんだか こう振り返ると 2003年は 激動で ものすんごい一年だったなぁ。2004年はあんまり 過激に激動になって欲しくないなぁ…。まあ どうなるのかは 蓋を開けてのお楽しみということで。

世間のニュースから () 2003


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